TOP / お酒を選ぶ / ウイスキー / 天下の悪法!?「禁酒法」の歴史的背景と世界に与えた影響

お酒に詳しい方であれば知っているであろう、アメリカの禁酒法。その後の様々なお酒文化に大きな影響を与えたと言われています。

この記事では、禁酒法が施行された背景や悪い変化といい変化を解説していきます。
また、実は日本でも施行されているのでそちらも紹介します。普段飲んでいるお酒も、もしかするとそんな時代を経て作られているかもしれません。

禁酒法を理解することで、よりお酒文化が楽しくなるはずです!

禁酒法とは

禁酒法とは1920年にアメリカで施行された法律。ウイスキー、ワインビールを含めたアルコール飲料全般について、その製造や販売、輸送、輸出入を禁止するものです。

1920年頃は第一次世界大戦が終了した直後で、アメリカ経済は繁栄の真っ只中であり、ウイスキーなどの酒類の需要も活発な中での施行でした。

1932年にフーバー大統領に代わり、ルーズベルト大統領が就任し、翌1933年禁酒法が廃止されました。

禁酒法の背景は

実は、禁酒を求める歴史は19世紀ごろからありました。

禁酒法の背景の1つめは、1850年代から宗教団体や米国禁酒協会などの社会団体が「アルコールの災い」や酒浸り状態を問題視していたことがあります。

こちらの活動の影響力は大きく、米国メーン州など数州でアルコール禁止法を試したが、最終的には地元の反対で覆りました。

2つめは、禁酒法団体の中では女性団体が大きな役割を果たしたことです。

運動家たちは酒に酔った夫が妻や子供たちを殴っており、飲酒が家庭内暴力に拍車をかけていると主張し、禁酒法の支持者たちはアルコール乱用が貧困の原因だと言いました。

その後禁酒党が結成され、当時の大統領も酒を口にしなかったと言われています。過激な活動家も徐々に現れ、酔っぱらいの溜まり場で祈る人や、酒場をオノで襲い始める人もいたのだそう。

3つめは戦争の影響です。
第一次世界大戦の影響により、敵国だったドイツのイメージが強いビール業界への反発も相まって、戦争中のアルコール禁止を議会が承認すると憲法が改正され、最終的に禁酒法が発令されることになります。

このように様々な要素が重なり、このような法が施行されてしまったと考えられます。

密輸と密造が横行した禁酒法時代

禁酒法はお酒の販売や輸入などを禁止していますが、実は所持しているお酒を飲むことは違法とされていませんでした。

この曖昧さが、後に紹介する禁酒法の歪みを生み出すことになります。

アルコール入手ルートがある

紹介した通り、保持しているものを飲むことは禁止されていないので、入手さえしてしまえばお酒が飲める状態でした。

また、施行に伴い反対派に対してアルコールの入手方法もいくつか存在していました。例えば、ウイスキーは医療用として医師に処方してもらうことができたのだそう。

また、工業用アルコールを原料に杜松(ねず)オイルで希釈・味付けした粗悪な模造ジンも大量に作られていました。

多くの人はブラックマーケット(闇市)に出回る粗悪なお酒を飲むことができ、さらにそれにより多くの健康被害が発生することとなっていたとされています。

ギャングによる密造・販売が横行する

お酒の莫大な需要に目をつけたのが、近隣のギャングたちでした。酒の密輸はギャングたちが活動を地元の一地域に限定して組織的に行われることになります。

しかし、その後それぞれが勢力の拡大をもくろみ始め、対立と紛争が生まれ、結果として銃撃や爆破、殺人などの暴力沙汰が頻繁に起きるようになっていまいました。

当時活躍したギャングの「アル・カポネ」という人物をご存知でしょうか?
イタリア生まれのマフィアで、密造酒で多額の利益をあげたことで知られており、往年の大人気映画「ゴッド・ファーザー」や1987年の映画「アンタッチャブル」にもモデルとなる人物が登場しています。

一般の人は、良くても標準以下の品質の酒しか手に入らず中毒を引く起こす人も少なくなく、汚職警察官やギャングによる発砲事件も日常茶飯事という状態になってしまっていました。

つまり、治安の観点から見れば禁酒法によって改善はなく、むしろ悪化する結果となってしまったのです。

スピークイージーの語源

紹介した通りお酒は流通していましたし、そもそも飲酒と保持は禁止されていなかったので、飲酒をなくすことは困難でした。

人々は人目を忍んで「スピークイージー」と呼ばれる密造酒を提供するバーに足繁く通うこととなります。

スピークイージー(Speak Easy)の名前の由来は、警察からの捜査を防ぐためにいるドアのガードマンにこっそりと合言葉を話すことや、酒を注文する代わりに簡単な言葉で注文していたことと言われています。

禁酒法によってほぼ全てのバーやパブが閉鎖していく中、元々の約3倍の数となる無許可のバーがスピークイージーとして存在したと言われています。

衰退するアメリカのお酒文化

禁酒法によってほぼ全てのバーやパブ、醸造所が廃止になってしまったことはアメリカのお酒文化を衰退を意味していました。

ヨーロッパには何世紀にも渡る歴史のある蒸留所やワイナリーがあるのに対して、禁酒法時代以前に正式なルーツを持つアメリカの蒸留酒ブランドは残念ながらほとんどありません。

お酒の種類や銘柄例にどれくらい打撃を受けてしまったのかを紹介します。

ウイスキー

禁酒法が制定された当時はアメリカ国内にはウイスキー蒸溜所が3000軒近くもあるほど栄えていました。しかし、禁酒法の施行を受けて次々と廃業に追い込まれ、結果として多くのウイスキー職人が姿を消すことになります。

代表的なものとしてアイリッシュウイスキーがあります。アイリッシュウイスキーは世界5大ウイスキーに数えられ、アイルランド全域で造れる長い歴史を持つウイスキーです。
しかし、主な輸出先がアメリカであったことや世界大戦、イギリスからの独立戦争などによって蒸留所が次々と停止してしまいました。

アイリッシュウイスキーについては「世界5大ウイスキーの1つ!「アイリッシュウイスキー」の歴史を徹底解説」で詳しく解説しています。

アメリカのウイスキーの衰退は禁酒法が撤廃される1933年まで続きました。

りんご酒

植民地時代から1920年に至るまでりんご酒は大変人気があり、特にりんごがたくさん収穫されるアメリカ北西部ではビールと同じくらい大量に消費されました。

禁酒法によって林檎酒はほとんど忘れられてしまい、最近ようやく人気を取り戻しつつあります。

禁酒法がもたらした良い側面

紹介の通り、治安の悪化やアメリカのお酒文化の衰退など多くを失うことになった禁酒法ですが、良い側面もあったので紹介します。

新たな蒸留酒の登場

紹介の通り、アメリカ国内では基本的にお酒の製造は禁止されていたので近隣諸国のお酒が密輸され人々が楽しんでいました。実は禁酒法時代に人気を博したことで、今日まで親しまれているお酒があります。

カナディアンウイスキー

アメリカの隣国カナダからは、カナディアンウイスキーが密輸されることで大きく飛躍しました。実は、アメリカの隣国カナダでも第一次世界大戦中には禁酒法が施行されていました。

しかし、アメリカとカナダの東側の国境に位置するケベック州では酒類の販売は禁止されていましたが、製造は可能ということもありカナダ産のウイスキーがアメリカに盛んに密輸されました。

ラム酒

同時期に大きく飛躍したのは、お酒好きには馴染み深いラム酒です。

ラム酒は北米と南米の中間に位置するカリブ海全域で生産されており、カリブ海に近いところに住む人富裕層は直接現地まで行ってラム酒を購入していたそうです。

現在アメリカで最も売れていると言われるバカルディも、この頃知られるようになりました。

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カティサーク

カティサークはスコッチウイスキーの一種であり、こちらも禁酒法時代に密輸されることによって人気を博しました。当時は粗悪品のウイスキーが蔓延る中で、カティサークはギャングたちに本物と称される味わいが人気の理由だったのだそう。

カティーサークについては「コスパ最強ウイスキー「カティサーク」飲み方〜キーモルトまで徹底解説」で詳しく解説しています。

カクテル文化が世界に広まるきっかけに

禁酒法によってウイスキー職人同様にバーテンダーたちもアメリカを追われました。バーテンダーたちは、パリやロンドン、キューバなどの大きなバーに移り新たなカクテルを発案していきました。

というのも、当時は入手されていた粗悪で怪しげな酒は混ぜ物をしてごまかして提供されていたからです。

例えば偽のジンは、ジンの風味がダイレクトにくるマティーニよりもジントニックに、密造ウイスキーはジンジャーエールなどを混ぜて提供することが増えていきました。

大人から子供まで人気のコーラもこの当時の割り材として大成功を納めています。

ラム酒を使ったダイキリやモヒート、カクテルの王道スクリュードライバーや4種類のスピリッツを混ぜるカクテル、ロングアイランドアイスティーなどもこの時代に考案されたと言われています。

粗悪なお酒を少しでも美味しくしようとするバーテンダーやお酒好きによって、様々なカクテルが誕生しました。

男女問わずお酒を楽しめる文化に

禁酒法が施行される以前の酒場では、一般的に男性だけの場所でした。

紹介した通り、禁酒法が施行される背景には女性たちの影響力が大きくあり、禁輸法に賛成する人の中には男性だけがお酒を飲むことに反対している人もいました。

このこともあり、施行後にお酒を飲む非合法な酒場では、決まり事はほとんどなかったため女性もお酒を楽しむことができるようになりました。
この流れは禁酒法廃止後も続くことになります。

日本でも禁酒令が施行されている!?

ここまでご覧になって禁酒法は大変だなと感じたと思いますが、実は日本でも禁酒法ではありませんが禁酒令が発令されているのをご存知でしょうか?

最古の禁酒法と最近の事例!

日本の最古の禁酒法は大化2年(646年)に施行された「薄葬の詔」があります。農業などの繁忙期には贅沢をせず、作業に集中しましょうといった内容だったため、禁酒法ほど厳しい取り締まりがあったわけではなさそうです。

まとめ

様々なお酒文化に影響を与えた禁酒法。
施行された背景や変化を知ることでお酒への理解はグッと深まることを感じることができたと思います。
今お酒が飲めていることに、少しありがたみも覚えてしまいます。

また、日本でも禁酒法のような法が施行されていたのは驚きですよね。
今後そのようなことが起きないようにも、お酒は適量を守って楽しみましょう。