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【お酒の歴史】飲兵衛には辛すぎる!アメリカで実際にあった法律「禁酒法」とは?

かつてアメリカで「禁酒法」という恐ろしすぎる法律があったのをご存知でしょうか? 飲兵衛にとって耐えかねない法律ですよね。禁酒法が施行されたら酔っ払いがいなくなって治安も良くなるといった狙いなのでしょうか…!? 今回はお酒 …

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かつてアメリカで「禁酒法」という恐ろしすぎる法律があったのをご存知でしょうか?

飲兵衛にとって耐えかねない法律ですよね。禁酒法が施行されたら酔っ払いがいなくなって治安も良くなるといった狙いなのでしょうか…!?

今回はお酒好きなら知っておきたい世界史、「禁酒法」を解説します!!

禁酒法とは?


「ボルステッド法」、通称「禁酒法」とも言われる法律は、1920年1月より施行されました。

禁酒法っていうくらいだから飲酒禁止なんでしょ…?と誰もが思ったはず。

しかし実際は『製造・販売・輸送はアウト、既に手元にあるお酒を飲むのはセーフ』という曖昧すぎる内容でした。

宅飲みはOKだけど外飲みはNG、みたいな。

施行前にはお酒を買い込む人が続出したそうです。

このガバガバさゆえに「禁酒法」は悲惨な結果をもたらしてしまうのです。

禁酒法制定の背景


もともとアメリカは州によってお酒を禁止しているところもありました。

キリスト教メソジスト派の牧師であるH.H.ラッセルにより設立された「反酒場連盟」が多額の寄付金を集め勢力を拡大していきます。

メソジスト派はキリスト教徒の中でも「規則正しい」ことを正義とする派閥。
酒は“悪魔がもたらした最低な飲み物”とし、禁酒運動を進めていきました。

また、H.H.ラッセルは民主党と共和党に関わらず禁酒に好意的な候補者を応援し、その結果「禁酒主義政党」が確立されることとなります。

さらに禁酒運動はエスカレートしていき、婦人キリスト教禁酒連合の女性は賛美歌を歌いながらバーへ乱入し手斧で酒の瓶を叩き割るなど過激すぎる活動も行なっていたそうです。

企業家や、お酒の生産をしていない清涼飲料水の企業も活動に賛同し、アメリカ全土に広まっていった禁酒の波。

アメリカが第一次世界大戦に参戦し、ドイツの敵国となると、禁酒運動は愛国主義的な側面も持つようになり、もはや止めることのできない社会全体の動きとなっていました。

そんな中、一度は大統領により拒否されたものの、議会の判決により施行されることとなった禁酒法。
いったいどんな目的があったのでしょうか?

禁酒法の目的


禁酒法を施行した目的は

①不道徳な行いの元凶をなくしたい
②戦争のために節約しておきたい
③労働者の飲酒による生産効率の低下をなんとかしたい

などが挙げられます。

簡単にまとめると…


禁酒にして労働者が真面目に働けば生産性が向上する!!
産業も成長する!!
アルコールが原因の暴力も犯罪も無くなる!!
酒なんてこの世からなくせ!!

こんな理論です。

では、この目的は禁酒法によって果たされたのでしょうか?



禁酒法の結果


一言で言うと禁酒法は失敗に終わります。

施行後何年かは、アルコールによる肝硬変や精神障害、犯罪は減少しましたがだんだんと不満の声が大きくなっていきます。

もともとかなりガバガバな法律だったこともあり、酒法施行前はニューヨークには約1万5000ほどしかなかったバーが施行後には約3万2000に増加
もぐり酒場として栄えました。

またこの状況をビジネスチャンスと考え、ギャングたちの酒の密造や密輸入が絶えず行われ、治安はむしろ悪化
飲酒量は施行前より10%以上増えたそうです。

質の悪いアルコールによる健康被害も増え、さらに酒絡みの犯罪率も上昇し、アメリカの黒歴史となっていくのでした。

そんな中、1932年に当選し大統領となったフランクリン・ルーズベルトにより、1933年で連邦法では禁酒法廃止となります。

しかし法律を廃止しても飲酒量と犯罪率の水準は元に戻らずメリカのアルコール関連産業は生産技術の遺失を招くことになったのでした。

禁酒法がもたらしたカクテル文化


ここまでダメダメだった禁酒法ですが、実は今日のカクテル文化の発達に欠かせないものでした。

先ほどもご説明した通り、禁酒法の影響で質の悪い酒が出回りました。
なかには医療用のアルコールを飲むこともあったのだとか!

当然味が悪くそのままなんて飲めない…

そんな時に味を調整したり、もぐり酒場などで見た目がソフトドリンクになるよう工夫したりするなどして発展したのがカクテルだと言われています。

この時代にアメリカのバーテンダーがヨーロッパへ渡ったことでアメリカスタイルの飲酒文化が広まったとも言われています。

禁酒法によって生まれた功績も実はあるんですね。

まとめ


いかがだったでしょうか。

飲兵衛さんには辛すぎる法律、「禁酒法」ですが、こんな法律が生まれてしまったのも自分のキャパを超えた飲酒をしてしまう人が多かったからではないでしょうか。

この歴史を教訓に、楽しい飲酒を心掛けていきたいですね。

お酒の情報サイト「NOMOOO(ノモー)」は「今日の飲みたいを見つける」をコンセプトに、お酒に関する情報を更新しています。

《まりん》
まりん

まりん

ビール好きな女子大生。女性がよりお酒を楽しめるような情報を大学生の目線でわかりやすく発信していきたいなぁと思っています。

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