ホーム > コラム > 知識・雑学 > 【お酒の歴史】飲兵衛には辛すぎる!アメリカで実際にあった法律「禁酒法」とは?
2018.9.23
知識・雑学

【お酒の歴史】飲兵衛には辛すぎる!アメリカで実際にあった法律「禁酒法」とは?

禁酒法の結果

一言で言うと禁酒法は失敗に終わります。

施行後何年かは、アルコールによる肝硬変や精神障害、犯罪は減少しましたがだんだんと不満の声が大きくなっていきます。

もともとかなりガバガバな法律だったこともあり、酒法施行前はニューヨークには約1万5000ほどしかなかったバーが施行後には約3万2000に増加
もぐり酒場として栄えました。

またこの状況をビジネスチャンスと考え、ギャングたちの酒の密造や密輸入が絶えず行われ、治安はむしろ悪化
飲酒量は施行前より10%以上増えたそうです。

質の悪いアルコールによる健康被害も増え、さらに酒絡みの犯罪率も上昇し、アメリカの黒歴史となっていくのでした。

そんな中、1932年に当選し大統領となったフランクリン・ルーズベルトにより、1933年で連邦法では禁酒法廃止となります。

しかし法律を廃止しても飲酒量と犯罪率の水準は元に戻らずメリカのアルコール関連産業は生産技術の遺失を招くことになったのでした。

禁酒法がもたらしたカクテル文化

ここまでダメダメだった禁酒法ですが、実は今日のカクテル文化の発達に欠かせないものでした。

先ほどもご説明した通り、禁酒法の影響で質の悪い酒が出回りました。
なかには医療用のアルコールを飲むこともあったのだとか!

当然味が悪くそのままなんて飲めない…

そんな時に味を調整したり、もぐり酒場などで見た目がソフトドリンクになるよう工夫したりするなどして発展したのがカクテルだと言われています。

この時代にアメリカのバーテンダーがヨーロッパへ渡ったことでアメリカスタイルの飲酒文化が広まったとも言われています。

禁酒法によって生まれた功績も実はあるんですね。

まとめ

いかがだったでしょうか。

飲兵衛さんには辛すぎる法律、「禁酒法」ですが、こんな法律が生まれてしまったのも自分のキャパを超えた飲酒をしてしまう人が多かったからではないでしょうか。

この歴史を教訓に、楽しい飲酒を心掛けていきたいですね。

お酒の情報サイト「NOMOOO(ノモー)」は「今日の飲みたいを見つける」をコンセプトに、お酒に関する情報を更新しています。

この記事をシェアしてね

この記事を書いた人 Writer

まりん

まりん

ビール好きな女子大生。女性がよりお酒を楽しめるような情報を大学生の目線でわかりやすく発信していきたいなぁと思っています。

関連キーワード

この記事を読んだ方にオススメ Recommendation